古楽夢 ~参拾四~

古楽夢(参拾四)

贄川/広重画

この絵は贄川宿の旅籠屋における夕暮の繁忙時の情景を示している。旅籠屋の入口から奥へと通ずる土間の左側が部屋、右側が台所となっている。台所には竃や、お膳と食器を乗せた棚が見えている。今到着したばかりの武家2人が入口で草鞋の紐を解き盥の水で足を洗っている。宿の主人は台所に坐って武士達を丁重に出迎えている。手際良く下女が盆に乗せたお茶を武家達にすすめている。手前から2番目の部屋から2階へ上がる階段があり、夕食を運ぶ下女が上がって行く。2階の風呂を済ませた客2人は、夕食が来るまで手持ち無沙汰である。奥の3番目の部屋では客の両掛荷物を何処へ置こうかと下女が思案中である。一番手前の部屋の左隅には赤い布で覆った竹馬(衣類を入れた)が置いてある。柱と鴨居に掛かった看板と講札には、このシリーズの刊行にかかわった版元、彫師、摺師の名前が羅列してある。例外の仙女香は白粉で販売元坂本氏から宣伝費をとり刊行費の足しにしたのだろう。お役御免となった駕籠舁は、宿駕籠を前にして縁側で一服吸っている。馬子が客の荷物を下ろしている馬の尻掛に三十四とあるのはこの宿が日本橋から数えて三十四番目に当ることを示している。右の帳簿を持った宿役人は宿帳を調べて歩いているのだろう。


面頬のご紹介

朱漆塗目の下頬

燕頬



猿頬

鉄錆地目の下頬


近世の面具は面頬当てと呼ばれ、鼻がない越中頬・燕頬を中心に、もの下頬・総面などがあり、そのほとんどに須賀という垂れが付く。その原型となるものは、面具の変遷の過程から中世の半頬にあると考えられる。いろいろな図案や紋などの切金細工を施したものや、また目の下頬・総面には、頬じわ・髭・歯・唇などをリアルに作ったものがある。
面頬当の顎の下には、須賀と呼ぶ垂れが付く。基本的に須賀は、胴・シコロ・袖の作意(作り方)に合わせて同じように作る。しかし、胴・草摺・シコロが板物なのに対して、須賀を鎖にするなど、作意が違うものも多くみられる。3段から5段が多く、普通喉の幅に合わせる。しかし、江戸時代の中期以降になると特に大きく作ることもあり、これを大須賀と呼ぶ。また須賀の多くは威付(オドシヅケ)だが、韋や布帛による蝙蝠付にした喉輪仕立てもある。さらに左右の蝶番で開閉する曲輪仕立、家地を使った亀甲須賀・鎖須賀などもある。